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今日のマレーシア

今日の新聞記事から、目にとまった話題をひとつ取り上げています。

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2005年1月

●2005年1月31日(月) デング熱予防のため体育の授業停止(パハン州)
パハン州政府は、子供たちがデング熱を媒介するヒトスジシマ蚊にさらされる危険を避けるため、体育の授業を停止するよう全学校に通達した。州政府はこの措置について31日に教育省に報告する。州では今月初めに46歳の主婦が、24日に中等学校4年生の生徒がデング熱で亡くなった。 (New Straits Times / Nation)

各地で殺虫剤噴霧回数を増やしたり、予防を呼びかけるパンフレットを発行したりなどの策がとられていますが、デング熱の流行はまだ下火にはなりそうにないです。


2005年1月30日(日) シアさん、70歳ではじめて小学校へ(マラッカ)
シア・シェウチューさん(女性、70歳)は、8歳の時に両親を亡くして働き始めたので学校教育を受けたことがない。先週、マラッカのセン・チェオン夜間学校に入学し、初等教育6年生までの課程を3年かけて学ぶことにした。この夜間学校は1932年、教育者シム・モウユーが貧困家庭の子供のために創設、弟のシム・モウヨー(現在93歳、退官)が引き継いで現在に至っている。授業は2時間×週2回、授業料は創設当時が1か月50セン、現在は50リンギ(約1400円)。今年は社会人、若者、退職者ら100人が入学した。 (New Sunday Times / Prime News)

3年後におそらく最年長で小学校の卒業証書を手にすることでしょう。この1枚には重みがあります。


●2005年1月29日(土) 国連による開発目標のほとんどを達成
開発途上国が2015年までに達成するようにと国連が定めた「ミレニアム開発目標(MDGs)8項目」の現在の達成状況について、アブドラ首相は「HIVが広がるのを阻止すること以外はほとんど達成出来た」と述べた。残り7項目は次の通り。・貧困の根絶 ・初等教育の徹底 ・両性の平等の推進 ・子供の死亡率の低下 ・妊婦の健康状態の向上 ・環境の維持 ・開発のための世界協力。「ミレニアム開発目標」は2000年に定められ、その適用を受けているのは189か国。 (New Straits Times / Prime News)

HIV感染者数は1992年から1994年の間に倍増、1997年から2002年の間にも倍増していて、2015年までにこれを抑制することは大変な難題だということです。


●2005年1月28日(金) ニセ変電所で海賊版ビデオCD製造
27日、スランゴール州シャー・アラムで海賊版ビデオCDを製造していた工場が摘発された。この工場の外見は国営電力会社テナガ・ナショナルの変電所を模倣しており、建物の入り口には「高圧注意」の表示があり、製造部屋のドアはボルテージ・アンペアメーターのついた機械を装っていた。中には300万リンギ(約8150万円)相当の複製機があり、作業員は裏口から抜け出していた。この工場は2年前から稼動していた。 (New Straits Times / Prime News)

各地にある国営電力会社の変電所の外壁は赤・青・白のトリコロールで屋根は煉瓦っぽい色。摘発されたニセ変電所の屋根は亜鉛メッキだったそうです。


●2005年1月27日(木) 今年の新車販売数は足踏み状態になるだろう
マレーシア自動車協会(MAA)によると、2004年の自動車販売数は487,605台で、前年比20%増と大きく飛躍した。これは、低金利と、競争力のある価格の新モデルの発売によるもの。販売数の内訳は、乗用車が380,568台、商用車が70,948台、四輪駆動車が36,089台。乗用車のうち、国産メーカー車は79%(前年は85%)、残りは海外のメーカーのもの。国内で組み立てた自動車(国産メーカー、海外メーカーの両方)は471,975台で、その内訳は、国産ブランド車が71%、海外ブランド車が29%。2005年の売り上げ予想は50万台(前年比わずか2.5%増)。 (New Straits Times - Business Times)

きれいな車が増えて渋滞ばかりのクアラルンプールです。もう床に穴のあいたタクシーを見ることもない……。


●2005年1月26日(水) 「旅は安全」と、ASEAN諸国が世界にアピール
25日、ASEAN諸国の観光担当大臣がランカウイで会議を行い、津波から1か月経過して、東南アジアへの旅行は安全だ(東南アジアの全域が被害を受けたわけではない)という共通認識を確認した。各国政府には、公正かつ責任のある態度で旅行勧告を出すように呼びかけ、マスコミには、偏りなく正確な報道をするようアピールした。大臣たちは「ランカウイ宣言」を発行し、被災したメンバー国の経済と観光産業の復興を援助して行くことを再確認した。 (New Straits Times / Prime News)

紙面には、一度は波にさらわれたものの、マットレスの上に乗っていて助かった赤ちゃんを囲む家族や、いまだ行方不明の家族を思って海を見つめる母親など、悲喜こもごもの写真が掲載されています。


●2005年1月25日(火) 教育を優先しよう、とインド人会議会長(タイプーサム開始)
バトゥ・ケイブスで、24日午後4時、タイプーサムの開始が公式に宣言され、神との誓約を果たすために信者達が集まった。カバディ(孔雀の羽などで飾ったひとり神輿)やパル・クダム(ミルクポット)をかついだ信者に加えて、ヒンドゥー教の悔悛の苦行として「最も重い罰」とされるアンガプラデシャム(くるくる回る)を行う信者もいる。悔悛のための苦行は、タミル族の言語・文化・伝統の守護神、スブラマニアム(ムルガ)に捧げられる。マレーシア・インド人会議会長のサミー・ベル氏は開始の挨拶の中で、インド人コミュニティの地位向上と次世代の幸福のため、教育に力を入れるよう語った。 (The Star / Nation)

アジアで最大のヒンドゥー教のお祭りが今年もやってきました。くるくると真剣に回っている信者を何人か見ましたが、その意味がこの記事でわかりました。


●2005年1月24日(月) マレーシア人の3分の2が医療保険未加入
昨年ムルデカ世論調査センターが行った健康に関する調査の結果。調査対象者は全国に住む800人以上。
・90%以上の人が医者を頼りにしているが、ボモ(呪術師)、僧侶、司祭など、近代医学以外の癒し家による「伝統治療」を当てにしている人も8人にひとりいる。後者は比較的低所得層に多い。
・マレーシア人の3分の2は医療保険に入っていない。民族別非加入者はマレー系が76%、インド系が48%、中華系が41%。加入者の中では、個人加入が80%、雇用者による加入が10%。
・全体の3分の2の人が年に1度は医者にかかる。全く医者にかからない人は10%以下。中華系は自己療法や民間療法を使う人が多い。
・心配な病気はがん(31%)、心臓病(15%)、糖尿病(11%)。 (New Straits Times / Prime News)

ボモや祈祷師などの"spiritual healers" に頼る傾向は民族、年齢、性別、教育、地域に関係なくどの層にも見られ、近代医学の専門家もこの「伝統治療」の存在を認めているそうです。


2005年1月23日(日) マレーシアの映画が、アセアンでベスト賞を受賞
第3回バンコク国際映画祭(13日〜24日)で、21日夜、マレーシアの映画「ビューティフル・ウォッシング・マシーン」が「ゴールデン・キンナリー賞」を受賞した。監督はジェームズ・リー、プロデューサーはローナ・ティー、制作費わずか5万リンギ(約135万円)。アセアンからは全部で14作品(制作費1600万リンギ≒4.3億円のマレーシア映画「プトリ・グヌン・レダン」も含む)が参加したが、これらを圧倒した形。この作品は、長編映画ではリー監督の4作目。本人は制作中の短編の仕上げのため授賞式には不参加で、来週ロッテルダム国際映画祭に参加する。 (New Sunday Times / Prime News)

大手製作会社のものではなく、小規模の会社のいわゆる「インディーズ(インデペンデント・メーカー)作品」が受賞の運びとなりました。


●2005年1月22日(土) 夜明け前の火事で17店舗焼ける(ポート・クラン)
21日朝、ジャラン・ケムで第一次世界大戦前に建てられたショップハウス17軒が火事で焼けた。角の1軒から出火したと見られ、30分で他店舗に広がった。損害は数百万リンギと見積もられる。 (New Straits Times / Nation)

死者、負傷者について記事は触れていないのですが、ゼロであることを願います。「ショップハウス」は、イギリスの植民地だった頃に各地に建設されたもので、大抵長屋形式の2階建て。地階が店舗で、上階に家族で住む形式です。


2005年1月21日(金) ハリ・ラヤ・ハジ マレーシア航空、ユーロスターのチケットを販売
マレーシア航空がユーロスター(イギリスとフランス・ベルギーを結ぶ高速列車)と契約した。今後世界中のマレーシア航空の事務所でユーロスターのチケットを販売する。顧客はフライトの予約と同時にユーロスターの予約をすることが可能で、その場合は航空券発券時にユーロスターのクーポンが発行され、ユーロスターの駅で乗車1時間前までに乗車券と引き換える。マレーシア航空が扱う鉄道の便はこれが3件目。1件目はクアラルンプール国際空港と市内を結ぶKLIAエキスプレス、2件目はドイチ・バーン(ドイツの鉄道)。 (New Straits Times - Business Times)

ユーロスターが開通したのは1994年で、ロンドン−パリが3時間くらい。その昔、鉄道利用でドーバー海峡をフェリーで渡っていた頃は8時間くらいかかっていました。


●2005年1月20日(木) スクールバスは殺虫剤を噴霧するように
モハメド・イサ・アブドゥル・サマド連邦直轄区大臣は、スクールバスの運転手に、子供たちを乗せる前にバスに殺虫剤を噴霧するよう、陸運局を通して指示した。現在デング熱が流行しており、それを媒介するヒトスジシマ蚊の活動時間は主に1日2回で、1回目は午前6時〜7時頃。ちょうど子供たちがスクールバスに乗る時間帯にあたる。クアラルンプール市役所健康ユニットでは感染防止パンフレットを作成し、戸別に配布する予定。 (The Star / Nation)

唯一のデング熱予防法は、蚊にさされないこと。我が家でも最近、虫よけスプレーの消費が早いです。


●2005年1月19日(水) がんを克服した女性、キリマンジャロ登山に挑戦
レネー・アジズ・アーマドさん(43歳)は、会社の登山仲間の男性4人とチームを組み、18日(火)夜アフリカへ出発、6日間のキリマンジャロ登山に挑戦する。レネーさんは乳がんの手術と化学療法を受けた後、2年間登山の準備をしてきた。チームの全員がこれまでにマレーシアの最高峰キナバル山に最低3回の登山経験がある。現地ではガイド2人、ポーター10人がチームをサポートする。レネーさんからのメッセージは「治療により髪の毛と乳房は失いましたが、生きていれば質の高い人生を楽しむことが出来ますよ」 (New Straits Times / Nation)

レネーさんを真ん中に、チーム5人の出発前の写真が載っています。全員ガッツポーズでやる気満々のいいお顔。キリマンジャロの頂上にマレーシア国旗が翻りますように。


●2005年1月18日(火) 生徒達、浮橋を渡って危険な通学(クランタン州)
クランタン川の河口域のテルック・ランジュナ島からブルル島にある小学校に通う生徒達約300人は、ここ1年ほど木材と竹で出来た、ぐらぐら揺れる浮橋を渡って通学している。この浮橋は、それまでの橋が2003年に洪水で流された後、臨時用として州の元議員によって作られたものだが、腐食し始めており、特に満潮時に危険が大きい。村長はクランタン連邦開発局に状況を伝えているが、対策はまだとられていない。 (New Straits Times / Nation)

長さ40メートルの浮橋を生徒が1列に並んで渡っている写真が載っています。橋の上にいるのはざっと40人ほど。確かに危ないです。


●2005年1月17日(月) 新学期、泥だらけの校舎でスタート
スンガイ・プタニの3つの小学校で、国内の他の学校より2週間遅れで16日(日)に新学期がスタートし、新入生239人を含む2400人が登校した。このうち2つの学校は、津波で家を失った人々3000人の避難所となっていた。3校とも校舎は泥だらけで、うち1校は机や椅子もだめになった。州の教育部門は、生徒達が災害のトラウマから回復するまで学校でカウンセリングを行う。 (New Straits Times / Prime News)

マレーシアの初等・中等教育の学年度は、1月に始まります。新入生(7歳)にとっては、ちょうど入学準備をしていた頃に被災したことになります。


2005年1月16日(日) 魚は食べても大丈夫
アジアのいくつかの国々では、「津波の後に水揚げされた魚は人間の腐乱死体を食べており、その魚を食べると病気になる」という噂が蔓延し、魚の消費が激減、価格が低落し、猟師の収入が急激に減っている。マレーシア漁業局委員会の事務総長や海洋生物学者などの専門家達は、市場で売られている魚は小さい魚やプランクトンなどの生物を食べる習性があり、噂は真実ではない、と述べ、魚の消費を奨励した。 (Sunday Star / Nation)

先週から漁港のある各地でお魚キャンペーン(水揚げされ、フライなどに調理された魚が無料で食べ放題)を催す所が多くなっています。


●2005年1月15日(土) 水道事業の主導権を政府に移管するため憲法改正へ
現在、半島部の水資源の管理とその供給は各州政府が行っているが、これを連邦政府に移管することが出来るようにするため、17日から始まる次の国会の会期中に連邦憲法が改正される。3月には国の水供給産業を取り締まる法案が提出され、今年半ばに成立する予定。これは水質、供給、代金回収に至るまで総合的に水産業を管理するもの。 (New Straits Times - Business Times)

各州政府から連邦政府に移管する目的は、たぶん これ(2004年2月の関連記事) のため?


●2005年1月14日(金) 半島南部、白昼数時間の停電
13日午後、クアラルンプール、スランゴール、ヌグリ・スンビラン、マラッカ、ジョホールで、2〜5時間の大停電があり(電力会社は送電線網のしくみ上、半島を『北』『中央』『東』『南』に分けているが、今回停電した地域はこのうちの『南』に当たる)、交通や工場の生産、一般家庭に多大な影響が出た。午後12時16分、スランゴール州カパルの発電所で「バスバー(回線をつなぐ伝導体)」が故障し、予備のバスバーが起動しなかったのが原因。このためKL近辺の送電線センター2か所で電力が1700メガワット急低下し、半島全体の電力供給ラインが危うくなった。そこで「電力平均分配装置」が働き、半島東海岸のトレンガヌの発電所からカパルに送られてきた4000メガワットが『北』『中央』『東』に分配された。『南』はこのとき自動的にはずされて(そうでなければ、半島部全体が影響を受けていた)、停電となった。カパルの発電所では組合管理の問題があり、サボタージュが起こっているが、このことが故障と関係あるかどうかについては、電力会社の代表は触れていない。 (New Straits Times / Prime News)

昨日の午後のことでした。扇風機が回らないのはまあ仕方がない。一番気になったのは冷蔵庫の中身。なんとか無事でした。


●2005年1月13日(木) 津波警報のための観測点決定
ジャマルディン科学技術革新相談:マレーシアの津波早期警報システムを今年末までに稼動させる予定。インド洋ではアチェ−ランカウイ−プーケットの間に、太平洋ではサバ−ミンダナオ間に観測点を設置することに決定。システムが稼動するまではハワイ津波情報センターからの情報に頼ることになる。 システム構築後の課題は、津波発生をいかに効果的に国民に伝えるかを国家安全評議会と協議すること。 (The Star / Nation)

今まで津波警報システムがなかった国の、大きな前進です。見守りたいと思います。


●2005年1月12日(水) マハティール前首相が運転するポルシェに乗せてもらおう
セパン・インターナショナル・サーキットでは、16日(日)、津波被害者への援助を募るイベントを開催する。参加者は 50リンギ(約1500円)から競りを行い、競り落としたら好きな車でサーキットを走ることが出来る。最高値をつけた9人が、マハティール前首相が運転するポルシェ・カイエンに乗せてもらえる。前首相は午後4時から、3人ずつを乗せてサーキットを1周ずつ、合計3周する。収益金はアジア津波災害基金に贈られる。 (New Straits Times / front page)

マハさんに運転手をしてもらうなんて……いったいいくらで競り落とされるのでしょう。私も乗りたい。


●2005年1月11日(火) 3人目の生還者
アリ・アフリザルさん(男性、21歳)が、10日昼、西スマトラ沖200海里地点で貨物船に救助され、夜11時半にマレーシアのポート・クランに到着した。先月26日、スマトラ島アチェ・ジャヤの建設現場で作業の準備をしていたところを津波にさらわれた。現場から12キロの村に住む年老いた両親の世話をもう一度したいので死にたくないと神に祈ったところ、小さなボートが流れてきたのでそれにつかまり、のちに、捨てられた小屋つきのいかだ漁船を見つけて乗り込み、漂流していた。 (The Star / Nation)

アリさんの「死にたくなかった理由」が、泣かせます。


●2005年1月10日(月) 地震はマラッカ海峡の海図にも影響
海上交通の要所、マラッカ海峡の一部では、先月26日の地震の前は水深4000フィートだった所が現在100フィート足らずになっている地点がある。過去に船が座礁した地点も移動、それに新しい座礁地点が加わり、海図の更新が急務となっている。このためアメリカ海軍は、今週末にも海峡に到着する予定で音波探知機や科学者らを乗せた船を派遣している。一方ロンドンベースの国際海事機関(IMO)は、津波で破壊された港の設備や航海指標の修復を計画している。 (New Straits Times - Logistics)

水深4000フィートが100フィート足らずになるなんて……。陸上でも海の底でも、この地震の影響の大きさは計り知れないです。


2005年1月9日(日) マレーシア救援隊第一チーム、アチェから帰国
マレーシア救援隊(Mercy Malaysia)は地震、津波の発生後、外国からの救援部隊として一番に、インドネシア、スマトラ島のバンダ・アチェに到着した。第一チームは12日間の救援活動の後、8日(土)に帰国した。チームの医師クア・ブン・レオンさんは「2003年12月にイランのバムでの地震の折にも救援活動に行ったが、アチェの状況はそれよりも酷い。助かる見込みのある人の治療を行っているそばで、亡くなって行く人々がいて辛かった」と語る。 (New Sunday Times / Prime News)

救援隊代表のドクター・ジェミラー・マームードさん(女性)の写真が載っていて、どこかで見た顔だと思って記憶をたどれば、2003年8月に東アジア女性平和賞を受賞した人でした。(当時の関連記事はこちら


●2005年1月8日(土) デング熱流行に全国的警報
チュア厚相は全国的なデング熱流行警報を出した。特にクアラルンプール、スランゴール州、ペナン州、パハン州の4区域で、先月、1週間あたりのデング熱感染者数が大幅に増えた。クアラルンプールで100件→250件、スランゴール州で120件→350件、ペナン州で20件→50件、パハン州で30件→80件。オン・カーティン住宅・地方自治体相は、地方自治体や住宅に(デング熱を媒介する蚊の増殖を抑えるために)水溜りをつくらないこと、排水溝を詰まらせないことを指導していく構え。 (New Straits Times / front page + Prime News)

デング熱については予防接種はないそうです。ひたすら(媒介する)シマ蚊をよけるしか予防法はなし。


●2005年1月7日(金) 生還したインドネシア人ふたりの続報
ペナン病院に入院中のマラワティさん(23歳)は食欲増進し、回復に向かっている。現在妊娠しており、母体も胎児も順調。6月出産予定。夫はいまだ行方不明。クランで入院中のリザルさん(20歳)は、故郷スマトラ島バンダ・アチェには家族も家も何も残っていないのでこのままマレーシアに残りたいと言った。7日現在、マレーシアの死者は68人。 (New Straits Times / Prime News)

マラワティさんの妊娠は初めて伝えられました。6日間の漂流によく耐えましたね。リザルさんの年齢は最初30代と伝えられていましたが、もっと若い人でした。


●2005年1月6日(木) (続報)リザルさん、漂流の9日間
1日目−駆け込んだ建物ごと津波にさらわれる。漂流物で足に怪我をする。マットレスにしがみついたが沈んでしまったので泳いで木の幹につかまる。漂流していたインスタント麺を集める。別の村からの漂流者で22歳の男性が泳ぎ着いて同じ木の幹につかまる。
2日目−22歳の男性は海岸(その時はまだ視界にあった)まで泳ぐと言って去る。多くの死体が近くを漂流。雨が降り、雨水を集める(飲料用)。
3日目−風が吹き、沖に流される。漂流死体増える。眠ろうとしたが出来ず。幻覚、幻聴あり。祈りを唱える。
4日目−ココナツの実を割って中の水を飲む。もう漂流死体はない。遠くに船影を見るが気づいてもらえず。雨が降り水が冷たい。海が荒れて眠れない。
5日目−船を見かける。手をふったが気づいてもらえず。この時までにインスタント麺10パックは底をつく。神に祈る。
6日目−船は通らない。神に祈り続ける。空腹。飲料の雨水収集で希望をつなぐ。
7日目−船を見かける。思い切り手をふったが、船員は手をふり返しただけで船は通り過ぎて行った。がっかり。希望が消えかかる。祈る。
8日目−方向もわからず漂流は続く。海岸が見えなくなって久しい。両親と妹のことを思う。日も夜も長い。
9日目−マレーシアのモーター船ダーバン・ブリッジに救助される。船上で温かいお粥をいただく。 (New Straits Times / Prime News)

写真を見ると、リザルさんがつかまっていた木の幹は、身長の3倍くらいの長さで上に人が立つことが出来る大きさです。何度も船が通っているのに、気づいてもらえなかったり無視されたりした現状が伝わってきます。これが生き証人の証言ですから、機会があったかも知れないのに助からなかった人も多いであろうことが伺えます。


●2005年1月5日(水) 生還者、またひとり!
先月26日、スマトラ島アチェで津波にさらわれ、木につかまって漂流していたリザル・シャプトラさん(30代、男性)が、3日(月)午後、アチェ沖100海里地点で、マレーシアのコンテナ船に救助された。新聞の印刷開始時頃には、船はポート・クランの数海里沖にいて、5日(水)早朝に港に着く。 (New Straits Times / front page)

昨日の女性は、漂流していたインスタント麺と雨水で、今日の男性は木の葉っぱを食べて命をつないでいたそうです。


●2005年1月4日(火) 生きていた!
スマトラ島バンダ・アチェの住人マラワティさん(23歳)は、先月26日の地震で夫と一緒に避難する途中で波にさらわれた。6日間インド洋をココナツの木の幹につかまって漂流し、31日(金)にペナンの漁船に救助された。漁船は3日(月)ペナンに到着、マラワティさんはペナン病院に入院した。両足に魚に噛まれた傷があり、ショックでまだ話が十分に出来ないが、その他は良好そうだという。漂流中、最初は数人一緒にいたが、日が経つにつれて減って行き、3日目にはひとりになった。夫は行方不明。 (New Straits Times / front page)

増えるばかりの犠牲者数ですが、数少なくはあれど、こういう事例に希望をつなぎたいです。


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今日のマレーシア 2005年1月