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30 ユニークな商売

クアラルンプール マレーシア

2004.12.17





 チャイナタウンのセントラルマーケット地階の一角にその店はある。

 わずか3畳ばかりの小さなスペースの三方の壁には天井までぎっしりと棚が。真ん中には人の身長より少し低い棚が、右側と左側から閲覧できるように置かれている。インド人のおじさんが経営する本屋さんだ。比較的新しい本が棚に、古本が床に、所狭しと積み重なっている。おじさんは入り口付近にさりげなく立っている。レジはない。

 ぱっと見た感じ、英語のペーパーバックが大半を占め、マレー語の本が20%、タミル語の本が10%といったところ。

 この店は、どの本でも「販売」してくれるし、「貸し出し」もしてくれる。

 入荷したばかりの新品は他の大手の本屋さんと同じ値段がついている。気に入った本をおじさんに持っていくと
「買う? 借りる?」と聞かれ
「買う」と答えれば売買成立。

 「借りる」と答えたなら、おじさんは、本の表紙をめくったところの最上部に現時点での値段と日付けを、その下に、約10%下げた値段を書き込んで「ONE MONTH ONLY(1か月だけよ)」のスタンプをぺったんと押す。

 たとえば、新刊を33リンギ払って借りて、1か月以内に持って来ればおじさんから29リンギ(10%安)返してもらえるわけ。引き取られた本は、今度は29リンギの値がついて、次の人が買っていくか、借りていくかになるが、借りていく場合にはさらに10%ほど低い値段と日付けが書き込まれる。

 こうして、客と店の往復で本が古くなるにつれ、値段はどんどん下がって行く。

 子供の頃(昭和○十年代のことですね)、近所の「貸本屋さん」に10円か20円を握りしめてマンガ一冊借りに行っていた。店のおばちゃんがノートに、
「何月何日、どこの誰それになになにを貸した」
と記録をつけてしっかり管理していた。

 インド人おじさんのシステムでは、そんな管理は一切必要ない。なぜって、29リンギで借りてった人が、途中で気が変わって、または面倒で返しに来なくても、おじさんはちっとも損しないでしょ。




 この店に連れてってくれたのは、本の虫、クラウディア姉さんだった。ドイツ人の両親がアルゼンチンに移民して、そこで生まれて育った彼女は、ゲルマン系の時間に正確な緻密さと、ラテン系のおおらかな陽気さと、いいとこふたつを兼ね備えている。

 とにかくすごい勢いで次から次へと読みまくる彼女は、
「読んだ本を手元に置いとくと部屋が狭くなるからイヤ」
というわけで、たちまちこの店の常連になった。

 古本の山の中を注意して見れば掘り出し物が見つかるし、新刊もしょっちゅう入荷している。ふつう遅くても2週間で姉さんは返しに来るが(そしてまた次を借りる)、たまに「1か月だけよ」の期限が2か月以上過ぎてしまったとしても、おじさんに、へらへらっと笑って
「ハーイ!」と愛想をふりまけば、記載価格で引き取ってくれるという。ん〜、さすが。

 ある日店のおじさんが彼女に言った。

「今日これが入荷したんだけど、どう?」

 提示してくれたその本は、まさに姉さんのハートを
びびびびびーーーーーん!と撃ち抜いた。タイトルもテーマも、装丁も、裏表紙のコメントも、「おお、欲しいっ!」と思うのに十分であった。即決で買った姉さん、大満足。

 調査会社など使わなくても、パソコンなど使わなくても、顧客の傾向をしっかり掴んでニーズを捉えるマーケティングがちゃんと出来ている。

 大したおじさんだ。




 チャイナタウンにはカレッジや公立学校もあり、バス停のベンチに座っていると、学生さんたちをよく見かける。

 彼らが手に抱えている教科書だが、4〜5冊のうち、少なくとも一冊は「コピー本」であることに気づく。丸ごと一冊を、おもて表紙からウラ表紙までコピーして製本したものだ。

 音楽CDやビデオCDなどの海賊版産業が大きな規模で存在するこの国のこと。以前、政府が海賊版CD業者の摘発に躍起になった時期があり、一時的に表面上は静まったかのように見えたが、水面下の深いところでは根絶されてはいない。「著作権」の保護意識も進んではいない。

 だからこんな商売も成り立つのだ。

 「本一冊、まるごとコピー・製本業」

 ごく普通の文具屋さんなどのサービスとして行われている。A4サイズ、200ページ程度の本のコピー・製本でわずか10リンギ(約280円)程度で、半日から1日で仕上がるという。学生さんたち5人ほどのグループの全員が、全く同じコピー本を持っていることもある。

 「学生はお金がない」
     ↓
 「安く手に入れることは善」
     ↓
 「本は買わない、コピーする」

これ、ごくごく普通のことみたい。

 ちなみに店に置いてあるコピー機は圧倒的に日本の旧型のお下がりが多く、表示が日本語である。コピー本の多品種少量生産に、貢献(?)している日本製品なのであった。




 インド人のおじさんの店と似た仕組みの本屋さんは、注意して見ると、各地に存在する。大手の本屋さんでぺらぺらっと見てエイヤッと買って、やっぱりつまんなかった(読了出来ず)、となるよりは、試し読みのつもりでこういう店で借りてみるのもいいかもね。

 昨日久しぶりにセントラルマーケットに寄ってみた。インド人のおじさんは変わらず店に出ている。

 けれどクラウディアはもうここにはいない。姉さん今ごろ、ヨーロッパのどっかの国で、相変わらず本をあさっていることだろう。



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