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29 空の上のラマダン

クアラルンプール → 成田

2004.11.18





(事前にイスラム豆知識を)

【ムスリム】 イスラム教徒のことです。

【ラマダン】 イスラム暦第9番目の月で、1か月間毎日、日の出から日の入りまで断食をします。日没の時間にその日の断食を中止し、ごはんを食べることが出来ます。病人などは断食を免除され、元気になったら同じ期間だけ断食をすればよいことになっています。

イスラム暦は月の満ち欠けによる太陰暦で1年が太陽暦より約11日短く、毎年ラマダンの時期は少しずつずれて行きます。今年のラマダンは、10月15日〜11月13日でした。



 午前11時05分 クアラルンプール発のマレーシア航空機で日本に向かった。離陸1時間後に昼食が、着陸1時間前に軽食が出て、日本時間午後6時30分(マレーシア時間午後5時30分)に成田に着く。約6時間半のフライトである。乗客の中に、スカーフをかぶったムスリムの女性やその家族らをちらほらと見かけた。

 すでに腕時計は日本時間に合わせてある。
 午後5時半、不思議な機内放送が流れた。

「アッサラーム・アライクム……、むにゃむにゃ、ムスリム……、ほにゃほにゃ、ブカ……」

 カタカナ表記の部分だけが私にも聞き取れたところ。
『アッサラーム・アライクム』は、ムスリム同士のあいさつのアラビア語で、そこから先はマレー語である。いつもならマレー語に続いて、同じ内容が英語、日本語で繰り返されるが、この時はそれがない。

― なにごと? ―

 少し前、大多数の乗客は着陸1時間前の軽食(サンドイッチ)を受け取っていた。しかしこの放送と同時に、3メートルほど離れたマレー人夫妻の席の方からは、おいしそうなチキン料理の匂いが漂ってきた。

 そういえば、サンドイッチサービスの最中、向こうの方で男性客室乗務員が
「○番シート、チキン、□番シート、フィッシュ」
などと、忙しく立ち働いていた。私たちが数時間前にいただいた昼食メニューのチョイスと同じ内容だった。

― ! ……そうか ―

 時はラマダンの月の後半。日本時間午後5時半、飛行機が通過するまさにこの地点(多分九州上空くらい)で日没を迎えたのだろう。「ブカ・プアサ」(1日の断食を終えて、いただくごはん)だ。

 離陸1時間後に昼食が配られた時は、自分が食べるのに夢中で周囲の状況に気がつかなかった。ムスリムの乗客は昼食を受け取らず、この時間まで何も口にしていなかったわけだ。この点はさすがマレーシア航空。ムスリムの乗客には、ブカ・プアサのサービスがちゃんとあるんだね。

 しかし、待てよ。

 「コーラン」によると、「病人」(や、妊婦、子供)に加えて、「旅路にある人」も、たしか断食を免除されるはず。飛行機で移動中の人は、これには当たらないのだろうか?



 イスラム教は紀元6世紀、現在のサウジアラビアにあるメッカ周辺で始まった。気候の厳しい砂漠地帯である。今みたいに交通機関が発達しているわけではない。商用などで砂漠を旅する人々にとって、旅とは過酷を極めるものであっただろう。旅を遂行するために出来るだけ体力を消耗しないように気を使ったに違いない。コーランの「旅路にある人は断食免除」というのは当時のそんな背景を映している。

 現代の飛行機での移動は随分便利だ。今回みたいに昼間の便に乗れば、ほとんど時差を感じることなくその日のうちに成田に着く。ムスリムの乗客は「旅路にあるから」といって断食を免除してもらうことも可能ではあるのだろうが、その分の断食をあとで補う面倒さを考えれば、断食出来る状況のうちにやっておいた方がいい。それに飛行機の中は人目もある。

 ……と、それなりの解釈をしたところで、真面目に断食をしている皆さんにはとても感心した。



 マレーシア航空機の前方スクリーンには、、飛行機を真上から見た図がしょっちゅう現れる。図の中には矢印で「飛行機から見たメッカの方向」が示される。矢印の向きは飛行機の動きによってその都度微妙に変わる。これは、1日5回のムスリムの礼拝を気遣ったものだ。礼拝は、メッカの方向に向かって行う。

― はて? 飛行機の中で礼拝時間を迎えたら、どこでお祈りするんだろ? ―

 イスラム教の礼拝は、立ったりひざまづいたり、頭を地面につけたり、なかなかダイナミックな動きをするので、それなりのスペースが必要なのだ。気になったので、フライトアテンダントに聞いてみた。

「飛行機の中にお祈りする場所ってあるんですか?」
「はい、ございます。ビジネスクラスの片隅に、カーテンで仕切ったスペースをご用意いたしております」

とのこと。
すごいね、マレーシア航空。



 ラマダン中の断食時間は、自分が居る地点での「日の出」から「日の入り」まで。赤道に近いマレーシアでは、年間を通して「日の出」「日の入り」の時間がさほど大きくは変わらないが、今、11月の日本は日の出が遅く、日の入りが早い。マレーシアに居るよりも、日本でラマダンを過ごした方が断食時間が短くて済む。

 同じ航空機で日本に来たムスリム達は、これからしばらく、少しはラクになるのかな。

 そんなことを思いながら成田に降り立った。
 日がどっぷり暮れていた。

― あっちではまだ日が沈んでないのにな ―

 摂氏19度。11月はじめにしては気温が高いが、それでも夜の空気はひんやりして心地よい。

 秋の日本には、3年ぶりに来た。




参考文献
『大人も子どももわかるイスラム世界の「大疑問」』 池上彰 講談社+α新書
『コーランを知っていますか』 阿刀田高 新潮社




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