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27 小錦バス

クアラルンプール マレーシア

2004.05.05





 去年7月、ルート339のバスが廃止され、現在では7番系統に乗っている。利用できるのは7番と7A番の2本だが、ここでは7番に絞って話をすすめることにしましょ。

 7番バスは、居住地帯を出ると南に進路をとり、高級住宅地の脇や電車の駅をいくつか通ってチャイナタウンへ向かう。これがチャイナタウンから出る時は、インド人街を北へ向かってその後大きな幹線道路に入り、さらにカンポン(集落)を通ってから私の住むコンドミニアム地帯へと入って行く。チャイナタウンから居住地帯まで、所要約1時間。

 ― カンポン…… ―

 道が狭い。ここを通ると、バナナの木の葉っぱがバスの窓をこする。やしの木にシュロの木。緑の中に居並ぶ平屋や高床式の民家。マレー人の子供達がそこここで遊び、ニワトリが走り、木陰で上半身裸のおじいさんが涼をとっていたりする。

 高層コンドミニアムがぼんぼん立ち並ぶ近代的な区域の目と鼻の先に、こんなにのどかな田舎の風景があったのね。新しいバスルートが出来る前は、知る由もなかった。

 帰りの7番バスを利用する人は、途中までがインド人、その後はマレー人が多い。カンポンに入ると皆、思い思いの所で降車ボタンを押し、バスはそのたびに停車する。「ご自宅に一番近いところでどうぞお降りください」というわけだ。

 7番バスの運転手さんは幾人かでシフト制をとっている。中に、小錦によく似たマレー人がいる。

 ある日、小錦バスに乗って帰る途中のこと。

 カンポンの、とあるお家の前に、マレーの女の人が赤いビニール袋を提げて立っていた。バスはおもむろに女性の前で停車する。ドアが開くと彼女は、小錦に「はい」とビニール袋を手渡して、さっさと家の中に戻っていった。

 ― 小錦さん、ここに住んでたのか ―

愛妻弁当を受け取って、背中が嬉しそうだった。





 最初の頃、小錦はえらく無愛想だった。

 ここでは、バスの遅延、間引きはしょっちゅう起こる。チャイナタウンのバス停でいっこうに発車する気配がなかった時、待機所から出てきた小錦に英語で尋ねた。

「何時に出るの?」
「……ノー、いんぐりっしゅ!」

首を横に振って不機嫌そうな顔をする。コミュニケーションはそこで途絶えてしまう。

 おし、そんならマレー語で勝負しようじゃないの。

 私にとって使用頻度の高いフレーズ「何時に出るの?」
たったそれだけをマレー語で覚えて、次の機会には小錦に、たどたどしくも大きな声で言ってみた。

「プクル・ブラパ・ブルトラッ?」
「あん?」
と聞き返してきたので、もう一度ゆっくり言った。小錦、ニヤッと笑って自分の時計で短針の位置を指さして、「2時だよ」と教えてくれた。(そのとき既に、2時10分だったけどね)

 また、彼のバスに乗るたびに、マレー語で必ずひとことあいさつするようにした。そしたらある時、ヤツの方からにこにこと
「モーニンッ!」
と言ってきた。ありゃ。あんなに英語をいやがっていた彼が、「スラマッ・パギ」じゃなくて「モーニンッ」ですって!

 以来、言葉を介さないコミュニケーションも円滑に行くようになった。7番バスが「いざ出ん!」としているところに、けっこう遠くから
「まってぇ〜〜〜〜〜!」
と手を大きくふって意思表示すると、ちゃんと待っていてくれた。普通なら、無視されてほってかれてもおかしくない距離だったんですけどね。





 その日は夕方からひと雨来そうな空模様だった。

 熱帯のスコールは、バケツをひっくり返したような勢いでざざざざぁーーーーーーっと激しく降るが、ものの1時間もすれば止む。よって雨が降り出したら皆、車で出るのを見合わせるが、止みかけた途端に「それ!」とばかりに車が増える。雨上がりの主要な道路は大渋滞となる。

 5時10分発の予定の小錦7番は、少し遅れて5時35分にチャイナタウンを出た。会社帰りの時間帯にかかるのに加えて、怪しい空模様。インド人街あたりから、早くも渋滞の気配。普段は居住地区まで小一時間のところ、今日は長丁場になりそうだ。

 有名な日系デパートを通り過ぎたあたりで、マレー人の女性が小さな子供を抱き、右手に哺乳瓶を持ってバスを待っていた。小錦バスは停車したが、彼女はすぐには乗ろうとせず、バスの後方に向かって誰かに
「早くおいで」と手招きしている。

 ― 連れがいるんだな ―

バスは待った。
乗客も待った。
彼女も待った。

……。
…………。
………………。

……、あのぉ〜〜〜〜〜、さっきから3分も待ってるんですけど。

 小錦も、乗客も、皆バス後方を振り返って見ているが、いっこうに彼女の連れらしい人影が現れる気配がない。ただでさえ渋滞ともうすぐ来る雨とで時間がかかりそうなのに、
人迷惑な話だなー、
あー、イライラする。
後ろの車たちも「もぉっ!」とばかりに無理やりバスを追い越して行く。危ない。

 さらに2分も経っただろうか。
 やっと現れた。
彼女のお母さんとおぼしき、スカーフをかぶったマレーの女性。右手に買い物袋3つ。左手は4歳くらいの女の子の手をひいて、子供の歩みに合わせてゆっくり、ゆっくりと向かってくる。

 その時、バス停のベンチに座っていたマレー人の男性がささっとそっちに歩み寄り、子供をひょいと抱き上げて、バスの入り口まで運んできた。

 ― え? お父さんもいっしょだったの? ―

 しかし子供をバスに乗せると男性は、またさっさとベンチに戻っていった。

 ― 違った。赤の他人なんだ…… ―

 小さい子を抱いたお母さん、4歳くらいの女の子、そのおばあちゃんの4人がそろって乗って、ようやくバスは発車した。同じバス停で乗り合わせた別のマレーの女性が、子供達を見てにっこりした。さっきの男性は、なにごともなかったかのように、ベンチに座ったままだった。


 4人家族は、私の斜め前の、向かい合い形式の席に腰掛けた。お母さんが抱いている小さな子供が私の位置からよく見える。いつかの風船のくるりんちゃんとおんなじ系統のマレーの子だ。くるくるの黒い髪、おっきなつぶらな目。お姉ちゃんの方もよく似ていて、妹のあんよをちょんちょんつついてあやして(?)いる。くるりんちびがきゃっきゃと笑う。

 窓の外が急に暗くなった。稲妻が光り、雷のごう音がとどろいた。チャイナタウンを出てから、まだ、コンドまでの行程の3分の1も行っていない。雨も降ってきたし、まだまだ時間がかかりそうだ。

 くるりん姉妹はそれぞれにお菓子をもらっておとなしく座っている。

さっき小錦は、おばあちゃんと子供が歩いてくることを知ってバスを発車させなかった。
全然関係ない男性が、子供を抱き上げてバスまで運んできた。
乗り合わせたマレーの女性は、子供にやさしいまなざしを向けた。

道はでこぼこだらけ(*)で、街のつくりは決して弱者にやさしいとはいえないが、人々はさにあらず、だ。イライラした自分を、恥じた。


 カンポンに入る頃には雨は小降りになり、そのうちに止んだ。屋台が夜の食事を用意して、お客を待っていた。ニワトリが元気に走るそばで、マレーのに〜さんが腕立て伏せをしている。近所の仲間が集まってみんなでその数を数えている。

 すっかりそんな風景に見入っているうちに、くるりん家族はいつの間にかいなくなっていた。


 居住地帯に入るまでに1時間45分かかっていた。コンドに近い珈琲屋さんの前あたりで降車ボタンを押す。ここで降りるのは、私ひとりだけ。

 小錦バスは、軽く「プッ」と鳴らして発車した。
 私への、「またね」のあいさつだった。




(*)「でこぼこだらけ」についておまけエピソードがありますよ。

☆2004年7月、バスの番号と路線の変更があり、小錦に会うこともなくなりました。(2004.08.13記)


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最終更新:2004.08.13
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