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| 2003.04.08 |
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四季のある国は、ただ「四季がある」というだけで日常が多彩である。 |
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| だら。だら。だら。 季節の移ろいがない環境は、人や動物から、緊張感、めりはり、しまり、という類のものを奪い去る。 常夏のここでは年中、Tシャツにハダシでよろし。緑はいつでも緑で、色あざやかな花がいつも何かしら咲いていて、どれも似たり寄ったりだ。写真を撮っても服装はいつも同じ、背景もいつも同じ。いつ撮ったものなのか、思い出すためのキーがない。 ― 4月……、えーっと、日本では今ごろどんな服着てたっけ? ― 記憶力も判断力も鈍ってしまった。 (気候のせいだけではないってか?) すずめですら、危機感が薄い。日本のすずめはとても機敏だが、ここでは人が近づいても呑気にちゅんちゅんしている。 ― こっちののんびりすずめたちの方が幸せそうだな ― 蚊でさえ、のらりくらりとゆるやかに飛んでくれるので私でも一発で「ぴしゃ!」が決まる。 ― 蚊にとってはこっちの方が災難だ ― 当然のことながら、マレー語には四季や、四季に特有の風物を表す単語が乏しい。「夏」とか「冬」は「暑い季節」「寒い季節」といった組合せ表現を使う。 それでも(それゆえ?)、他国に触れたことのある人、情報収集力の旺盛な人々は、季節というものに独特の興味や反応を示してくれる。 |
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ジャスプリスさん、マレーシアのインド人、30代前半、医師。 彼が初めてイギリスを訪れたのは晩秋の夜だった。ぼんやり空を見上げていたら、なんと自分の吐く息が白い! ― こんなの見たことないぞ ― つづけざまに はーーーっ、はーーーーっ、はーーーーーーーっ (白ーーーっ、しろーーーーっ、しろーーーーーーーっ) とやってみた。面白いっ! ロンドン滞在中、ことあるごとにやっていたそうだ。 サンズーちゃん、マレーシアのチャイニーズ、二十歳前、学生終えてモラトリアム。バービー人形とショッピングが大好きで、ファッションや化粧品情報に目がない彼女。日本の雑誌を見て 「『コート』を着て『ブーツ』を履いて、『枯葉の街』を歩いてみたいっ!」とのたまふ。パープルのカラーコンタクトのお目目をキラキラと輝かせながら。 チュンさん、マレーシアのチャイニーズ、年齢不詳、会社員。たまたま日本に出張したのが冬だった。自国では、手を洗ったあと別にタオルやハンカチで拭かずとも、わずかな時間ですっかり乾くものだから、特に「手を拭く」という習慣がない。(こういう人は多い) 気の毒に。出張を終えて帰ってきたときは、生まれて初めて「あかぎれ」が出来ていた。 |
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一見、年中いつでもけじめなく、だらしなく(*)、秩序なく、色んな花が咲きたい時に咲いているかのようだが、一本一本の木、一株一株の草花にはそれぞれ、咲く時期、休む時期のローテーションがあるみたい。わずかな気候の移ろいを、彼ら(それら)なりに感知しているようだ。 チャイナタウンのバス停のそばに、大きなミモザアカシアの木が涼しい木陰を作っている。去年の4月、この木に黄色い花がいっぱい咲いているのを目に焼き付けた。「4月に黄色い花が満開だった」と意識的に記憶して、一年間観察してみた。 再び黄色が満開になったのは、今年3月第3週のこと。さらに3週間おいて、4月第2週にまた訪れてみたが、花はすっかり終わって緑の木陰に戻っていた。 アカシアの春は、今年はちょっぴり早めに来たらしい。 (*)「だらしない」についておまけエピソードがありますよ。 |
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