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25 のん気? せっかち?

クアラルンプール マレーシア

2004.02.24





 およそ、マレーシアらしくないもの。
 正確、迅速、きっちり、かっきり、しっかり。

 氾濫しているもの。
 大体、適当、遅れる、いいかげん、気にしない。



 2月半ば、クアラルンプール生活4年目突入にして、最高にエキサイティング(?)な日がやってきた。

 有名な米国人ベーシストがクアラルンプールを訪問、2時間のベースセミナーを開くという。告知されたのは2月の頭。日本では考えられないほど告知と開催の間が短いが、ここではまぁ、こんなものである。

 開催情報によると、チケットは、2月10日ごろから会場の店にて発売予定。この、「ごろ」というのがいかにもマレーシアらしい。

 思えば日本での、人気アーティストのチケット争奪戦は狂気の沙汰であった。発売日の午前10時にピッポッパッとダイヤルし始めて、繋がらず、繋がらず、それでもあきらめず、あきらめきれず、昼過ぎまでリダイヤルし続けて、おお神様、やっとつながった〜〜〜♪、と思ったら、非情にも売り切れを告げるテープの案内。おまけにリダイヤルのしすぎで電話が熱くなってぶち壊れた……。シャレにならん、私の半日を返せ。あの遠い日本での日々は、いったい何だったのだろうか……???


 11日にバスとモノレールを乗り継いで会場となる店に行ってみた。
「18日のチケットくださ〜い♪」
「あ? チケット前売りはありません。当日3時においでなまし」

 ……
 あ、そう。告知情報と違ってたって、別に驚かないぞ。なにしろここは、マレーシア。

 しかし、一応主催者(日本企業)に電話して確認だけしておこう。担当さんの応対はとても丁寧であった。

「会場キャパは300人ほどあって十分と思われますので、当日行ってチケットをお求めください。万が一、買えないようなことがありましたら、関係者受付にお越しください。そのため、お名前とお電話番号をお聞きしておきます」

 よし、ひとまず安心。



 当日。

 開演は5時の予定。店の話では3時からチケットを発売するとのことだった。約束の3時きっかりに行ったら

「開演間際まで受け付けません」

 このぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

 ……と、ここでハラを立ててはイケマセン。なにしろここは、マレーシア。

 それでも
「じゃ、4時に来るからどうよ?」とすごんでみたら、店員さん、ヨコにいたボスっぽい人がうなずいているのをちらりと見て
「あ゛〜、カレがいいって言ってるからいいみたい♪」

 ようやく4時過ぎに受付してもらい、料金を払った。チケットちょうだいよ〜、と待ったが、それらしき紙が出てくる気配がない。レジのお姉さんが、

「さっさとそっちに移動してくれる?」

 ― ??? ―

 示された方向に行ってみたら、男性店員が

「腕出して」
「は? 『腕』?」

右腕を出して見せたらいきなりそこに!

うあああ!

……
ハンコ押された。

信じがたいが、これが「入場許可証」らしい。


 会場入り口はロープが張ってあって通せんぼ状態である。その外側で待つこと45分。音合わせをしているのが聞こえてきた。おお、これよこれ、この生ベースの音。東京での公演以来、実に4年ぶりだ。気分はすっかりハイになる。

 ロープが外されていよいよ開場だ。通過の際、係のに〜さんが
「ちょっぷ(マレーシア英語で「はんこ」のこと)見せて」

腕を高々とかざして見せて通る。印籠を掲げた水戸黄門の気分。

 早めに入場できたので、さっさと良い席を確保した。マレー人のに〜さんふたり、チャイニーズのおじさまひとりと同じテーブルである。人の入りもけっこうスムーズで、こりゃ、時間通り(5時)に開演しそうだな、と思いきや、突如

BOMB!

でっかい破裂音がして、会場が真っ暗になった。

……
停電。
これじゃ機材も何も使えない。

 しかし、ここの人々は、よく言えばガマン強いというのか、いちいち色んなことを気にしないというのか、停電の回復のきざしがいっこうになくても誰も文句ひとつ言わずに談笑しながら待っている。バスが故障して途中で止まって運転手が何も告げずに降りてしばらく戻らなくても、皆、おとなしく待っている、あれと同じ傾向だ。

 20分も経ったところでやっと関係者が出てきて、使えないマイクの前であいさつした。
「Be patient, beeeeeeeee patient, pleeeeeeeeeeeease」
(ガマンしてください、ガマンしてくださいねぇぇぇぇえええええええ)

 ガマンなら、皆、もうとっくに始めている。何がどうしてどうなって、回復予定はいつごろかという説明が一切ない。それでも皆、驚くほど忍耐強い。この「イライラしない」というここの人々の特質は、ストレスを溜めないために真似すべき事なのかもしれない。

 真っ暗な中、待ちくたびれてもうこのまま寝ちゃうぞ〜、と思った頃に突如明かりが戻った。客席からは拍手の嵐。予定より1時間遅れての開演とあいなった。それからは、至福の2時間であった。



 終演後、迎えに来たクマさんが私の右腕を見て

「何? その汚いの」
「……、印籠」
「???」





 整然と、時間通りに事が進む、予定より早くさっさと終わる、こんなことはまず期待しない方がいい。

 しかし、それはそれは思いもよらない速さで行われることがたったひとつだけある。飲食店で、空いた食器が下げられる速さがそれ。

 店員がしょっちゅう見張っていて、客の箸が皿の最後のひとつまみを持ち上げた瞬間にささっと手が伸びてきて瞬く間に皿が消える。持ち上げたひとつまみがまだ口まで届いていない時なんて、何もないテーブルの上で客は箸の置き場もなく、もぐもぐする。

 多少日本流の店員教育がされているお店では、下げる前に、形式的にではあるが
「よろしいですか?」
と尋ねてくれることもある。けれど早い。

 とにかく「空いたらすぐ」食器を下げることで、自分の職務を果たしている、それをむしろ美徳とさえ思っているかのようだ。

 外で食事をすることの醍醐味といえば……、
 店のインテリアや照明や雰囲気を観察したり、
 メニューをよく検討して選んだり、
 ゆっくり歓談しながら味わったり、
 和洋の食器の美しさを眺めたり、
 食事が終わってもしばらくそのままで余韻に浸ったり。

こんな楽しみ方は、およそ理解できないようだ。

 無理もない。南洋の国で、日常的に外の屋台で安い食事を取る、という生活様式では……、

 屋根は日よけのため。雨よけのため。素敵なインテリアや照明はいらない。
 この屋台ではこれを食べるもの、と大体は決まっている。メニューは頭の中にある。
 字のごとくひたすら「食べる」。こっちの人がテーブルについて食べる時の姿勢は、概して前かがみである。
 食器は無機質なプラスチック。赤やオレンジのスゴイ色のものが多い。
 お腹が満たされたらさっさと立ち去る。

 屋台文化というのは、こういうものなのだろう。これがちょっと洒落た飲食店になったところで、本質的なところはそうそう変わるものではない。でも許せるのは、「美味しいもの」がいっぱいあるところ。日本でもブームのアジア的ごはんをいつでも食べられるんだわ〜、と思うことにすれば、これ幸せ。

 とはいっても、飲食店でメニューを渡されながらそれを開いてもいないうちに
「はい、飲み物はぁ〜〜〜〜???」
と来られると、条件反射的にビールかお茶を頼んでしまう。あとでじっくりメニューを見て、
― あぁ……、おいしそうなジュースがあったのに……(ザンネン)

で、これは「次回のお楽しみ」となる。


 皿が空いたらまたたく間に下げるせわしなさ、
 せくように注文をとるあわただしさ、
 その「迅速さ」で、バスの故障の修理やがけ崩れでふさがれた道路の修復なども、さくさくやってほしいものだ。



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最終更新:2005.06.02
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