HOME南西だより

<< BACK       エッセイメニュー       NEXT >>


20 名字はない

クアラルンプール マレーシア

2003.03.17





 トニー・ブレアは「ミスター・ブレア」であり、「ミスター・トニー」とは言わない。マーガレット・サッチャーは「ミセス・サッチャー」であり、「ミセス・マーガレット」とは言わない。これ、英米の現代英語。

 ところがここマレーシアでは
「ミスター・トニー」
「ミセス・マーガレット」
「ミズ・グロリア」
なんかが平然と飛び交っている。

 姓名の「名」の方に、Mr. Mrs. Ms. Miss がついてしまうこの謎の鍵は、マレー人、インド人の名前の構造にあった。彼らは、「姓(名字)」というものを持たない民族なのである。

 イスラム教は中東から海を渡ってマレー半島に伝播してきた。ほぼ例外なくイスラム化したマレー人の名前は、従ってアラブ語系である。
「本人の名前+ビン(ビンティ)+お父さんの名前」という構造で、「ビン」は「息子」、「ビンティ」は「娘」の意味だから「だれだれの息子(娘)のほにゃらら」さん、ということになる。

 マハティール首相は
マハティール・ビン・モハマド(モハマドの息子のマハティール)
 夫人は
シティ・ハスマ・ビンティ・モハマド・アリ(モハマド・アリの娘のシティ・ハスマ)

 こんな風だから、当然結婚による改姓なんてのもいっさいない。誰でも、生まれた時についた名前をそのまんま一生貫くのである。多少かしこまった通称では、たとえばノラリザさん(女性)がロニさん(男性)と結婚したら、プアン・ノラリザ(プアンはMrs. の意味)と呼ばれるか、または西欧風にプアン+夫の名、つまりプアン・ロニと呼ばれるかになる。

 タミル(ドラヴィダ)系インド人の名前の構造も同じで、ビン(ビンティ)のかわりにA/L(A/P)を用いる。

 A/L = Anak Lelaki (子供、男の=息子)
 A/P = Anak Perempuan (子供、女の=娘) ともにマレー語

ラジュー A/L スブラマニアム(スブラマニアムの息子ラジュー)
カマラ A/P アンバラバナール(アンバラバナールの娘カマラ)

 「姓(名字)」と「本人の名前」の概念でコチコチになった頭だと、ビン(ビンティ)やA/L(A/P)のあとにくる部分に Mr. Mrs. Ms. Miss をつけたくなるのだが、これだと本人でなく、お父さんの名前を呼んでいることになるのだ。



 華人の名前は日本人にもなじみやすくて「姓名」の形をとる。婚姻による改姓はなく、子供は父方の姓を継ぐ。

 宋銘開さん(男性)と李雪蓮さん(女性)夫妻の息子、偉明くんは宋偉明(ソン・ワイミン)くんである。

 クリスチャンネームを持つ華人が多いことは「05 珈琲物語」でも触れたが、生まれた子供に親がつけて出生証明に記載される場合と、大きくなってから洗礼を受けて自分で名乗る場合とがあるようだ。いずれにしてもクリスチャンネームを持つ華人は
ジェラルディン・ウォン(黄)とか
アンディ・ヤップ(葉)とか
英名プラス姓の形を名乗っている。

 この場合も、ここでの他の民族の名前の影響を受けてか、
「ミス・ジェラルディン」
「ミスター・アンディ」
がごく自然にまかり通っている。



 日本にいた頃に出会ったアイスランドの女性、フルダさんにも名字がなかった。この遠く離れた北欧の島国の名前のつき方も、マレー、インドに共通するところが興味深い。

 彼女の名は「フルダ・スベインスドティール」というが、「スベイン」がお父さんの名前、「ドティール」が「娘」。よって「スベインの娘、フルダ」さんなのである。

 彼女のふたりの子供はそれぞれ「カタラ」ちゃん、「ハル」ちゃんという名だが、そのお父さん、つまりフルダさんのご主人が「アルナル」さんなので、
「カタラ・アルナルズドティール」
「ハル・アルナルズドティール」
ってことになる。

 この話を聞いた時は「名字がない」という概念に理解が及ばず、慣れるのに随分時間がかかった。しかしかえってこのワンクッションがあったから、ここマレーシアでも、人々の名前の構造に
「あぁ、そうなのか〜」となじむことができた。

 思えば、アングロサクソン系の姓にも
ジャクソン(Jack-son ジャックの息子)
ピーターソン(Peter-son ピーターの息子)なんてのがあるし、
アイルランド、スコットランド系の
マクドナルド、マッケンジー、マクヴィ などのMc- 〜 も「〜の息子」の意味だ。

 日本人の姓にはこんな概念はまずないだろうと思う。「お父さん」という個人ではなく、「家」というものにしっかり結びついている日本人の「氏姓」こそが独特なのかもしれない。


ひとつ前へ 次へ

エッセイメニューに戻る

トップページへ

最終更新:2007.11.14
Copyright (C) 2003-2008 nansei. All Rights Reserved.