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| 2002.12.22 |
| 我々日本人は普通、 A 「西暦1月1日が元日」で B 「その前後数日は仕事を休んで田舎のある人はそこへ帰り、家族が集まって祝い事をして過ごす」もの、と思っていることだろう。 A【年の初め】とB【1年で最も重要と思われる伝統的な祝い事】が不可避的にくっついて日本語の「正月」という概念があるわけだ。 民族によっては、 B【1年で最も重要と思われる伝統的な祝い事】を行う時期が、西暦1月ではない場合がある。そんな民族が三民族(以上)も一緒に居るこの国では、むしろ1月1日は、何事もなかったかのように過ぎて行く。彼らにとってのそれぞれの『お正月』(「1月」の意味は除外して)に触れながら、私なんぞはしっかり1月1日にはおせちをいただいて、日本人としてのアイデンティティを固守することにしましょ。 |
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今年は11月6日に新月が確認されて、イスラム教徒であるマレー人はラマダン(断食月)に入った。約1か月、日中の断食を行って、次の新月が観測されたら、晴れて彼らの『お正月』である断食明け大祭「ハリ・ラヤ・プアサ」がやって来る。 イスラム暦は、月の満ち欠けに基づいた太陰暦で、1年が太陽暦(西暦)よりも11日ほど短い。毎年第9番目の月がラマダンで、第10番目の月の初めがハリ・ラヤ・プアサということになる。預言者ムハンマド(マホメット)がメディナに聖遷した西暦622年をイスラム暦元年とし、そこから1年(ほぼ354日)ずつを積み重ねて現在に至っている。よって西暦とはどんどんずれて行く。ハリ・ラヤ・プアサも、西暦で見ると年々日にちが前倒しになる。時には、西暦の年初と年末に2回ハリ・ラヤ・プアサを迎える年も出てくる。 そもそもラマダンとは、ムハンマドにアッラーからコーランが下された神聖な月。イスラム教徒は日中の断食を終えたら、夜は礼拝し、コーランを読んで過ごすことが推奨される。クアラルンプール周辺のスランゴール州では、ラマダンの月の半ば頃に、コーランの「のど自慢大会」が開かれる。 ラマダンの時期には、夜明け前に起き出して日が昇らないうちに食事をとり、日中の断食に備える。毎日の日の出、日の入りの時刻がテレビ、ラジオ、新聞などで発表され、日の入りの時刻までは一切の食事を絶つ。水も飲んじゃダメってのは、ここ熱帯の国では相当辛いものだろう。この時期、ルート339の運転手さんは微笑みが失せてしかめっつらになり、タクシーも心なしか運転が荒く、昼間、フードコートで働いているおばちゃん達ものらりくらりしている。 日の入り前の屋台やフードコートでは、皆それぞれにテーブルの上に食事を用意して、「その時」をじっと待つ。近くのモスクやラジオから「アザーン」(お祈りの時間を告げる知らせ)が聞こえたら、まずお祈りをして、おもむろにもくもくと食べ始める。皆、静かだ。 そんな「苦行」を乗り越えた直後だけに、ハリ・ラヤ・プアサは彼らにとって心底嬉しく、おめでたい行事なのだ。マハティール首相の官邸もこの日はオープンハウスとなり、誰でもが訪問して首相に直接会うことが出来る。 今年のハリ・ラヤ・プアサは12月6日からだった。2日間が国全体の祝日で、マレー人はその前後数日、一挙に休む。郵便事業が停滞する。去年はこの郵便の遅れのまっただ中に日本にクリスマスカードを投函し、到着まで随分時間がかかった。今年はこれを見越して早めに投函しに行った。中央郵便局で、エアメールに切手を貼る私の周りは、「ハリ・ラヤおめでとう」のマレー式カードを知人に送る人々でいっぱいだった。 カードの色は緑が多い。イスラムの象徴の色らしい。 |
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華人のお正月は、文字通り1月。しかし西暦のそれではなく、中国農暦によるものだ。 農暦も太陰暦なので、チャイニーズニューイヤーもハリ・ラヤ・プアサのように毎年どんどん前倒しになって行きそうなものだが、こちらは大抵西暦1月下旬から2月中旬頃までにおさまっている。 ― なぜだ? ― 数年に一度、閏月を設けて太陽暦との調整を図っているからだ。正確には「太陽太陰暦」と呼ばれるらしい。 華人の祝い事はとにかく赤一色になる。ちょうちんを始めとする各種飾りもの、ご祝儀の袋(お年玉袋)、ニューイヤーカードまでがまっかっか。ここまで徹底されると見事としか言いようがない。 チャイニーズニューイヤーも2日間が祝日で(華人の少ない州は1日)華人はその前後数日大挙して休む。商業の中心である彼らが休むと、クアラルンプール市内は閑散とする。 各地で、ドラゴンダンス(竜の舞)やライオンダンス(獅子舞)が披露される。 |
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ヒンドゥー教徒であるインド人にとっての『お正月』は「ディーパバリ」という。(舌かみそう) 「光の祭り」とも呼ばれる。善が悪に打ち勝って世界に光が訪れた日を祝うのだそうだ。 ヒンドゥー暦の第7番目の月の始まりがディーパバリで、今年は11月4日だった。この暦も太陽太陰暦なので、ディーパバリは毎年10月末から11月半ば頃の間におさまっている。インド人の少ない二つの州を除いて、1日だけ祝日になる。インド人はこの前後数日休み、各家庭でオープンハウスを開いて人々をもてなし、子供達はお年玉をもらう。 チャイナタウンに「スリ・マハ・マリアマン」という名のヒンドゥー寺院がある。百年以上の歴史を誇る伝統的な寺院だ。すぐ近くの道端で、インド人のおばさんが女性の髪飾りを作って売っている。白い小さな生花で作るこの飾りは、ほんわりとよい香りがする。11月初め頃ここを通ったら、シルクのサリーを着たインド人女性が歩いていた。髪飾りもつけていた。しばし見とれた。実に綺麗なサリーであった。ディーパバリで新調したのだろう。 マレー人もハリ・ラヤ・プアサには女性はバジュ・クロンを新調するし、男性もソンコと呼ばれる帽子をかぶり、サンピン(正装用腰巻)をつけたりする。チャイニーズニューイヤー前は華人系の美容院が混んでいる。 「正月はきれいにして晴れ着を」 これは皆、共通のようだ。 |
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マレーシアには13の州と3つの連邦直轄区(クアラルンプール、プトラジャヤ、ラブアン)があり、それぞれの州で祝日が異なる。 クアラルンプールを例に取ると、上記各民族の『お正月』をはじめ、仏誕節(釈迦の誕生日で、仏教暦の4月8日)や、キリスト教のクリスマス、西暦の1月1日なども祝日である。各民族、各宗教に実に寛大だ。 ところで、日本の祝日は年間15日。クアラルンプールの祝日も年間15日。日数は同じだが、中味は随分違う。かたや春分・秋分、子供の日・敬老の日、成人の日・体育の日などだが、マレーシアではもっぱら宗教や民族の暦(ほとんどが太陰暦)に基づいた祝日だ。だから毎年、 「今年の仏誕節は何月何日だっけ?」 というような会話が発生する。 西暦を公式に採用しながらも、それぞれの民族のそれぞれの暦が生活の中に生きている。かつては日本人も旧暦(太陰暦)を併用していた時代があったが、いつからか消えた。四季のある国では、太陽暦の方が年毎の四季のずれがないので特に農業には都合がよい。それなりに合理的。 ちなみに、マレーシアの国王は、いくつかの州のスルタンが交替で務めることになっているが、国王が交替しても、国王誕生日(祝日)だけは毎年固定されていて、西暦6月の第一土曜日ということになっている。これだけはやけに機械的で不思議なのである。 ☆関連記事がこちらにあります。 みじかいコラム 01 恭喜發財(コンシーファーチャイ) |
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