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11 蛍の光 (1)

クアラスランゴール マレーシア

2002.01.08





 暮れも押し迫った12月29日、土曜日。日本人4人で夕方から車に乗って出かけた。

 行き先はクアラルンプールの北西70キロ、マレー半島の西海岸にあるクアラスランゴールという町。そのはずれの村。ここにはスランゴール川の河口が広がり、一年中蛍が鑑賞出来る夢のようなスポットが数か所ある。日本からの観光ツアーには、このどれかが行程に含まれていることが多い。

 マレーシアの都会から出て「村」に行くことが目新しい。

 一本道の右に左に、緑の葉が勢いよく茂るパームやしの畑。
 なんにもない野っ原のまんなかにぽつんと平屋の民家。
 車がびゅんびゅん走る道端で、まくらや布団を売る露天商。
 自転車をこぐ上半身裸の少年。
 道端でただじっと座っているやせた老人。

 最後の人など、クアラルンプールのチャイナタウンでなら即、物乞いかと思ってしまうが、老人の座っている所には車は走れど歩いている人はいないし、傍らにカンも何もない。本当にただひたすら座って時を過ごしているだけなんだろう。
 ― 暑くないのかな? ―
言っちゃった後で気がついた。異国人のうがち過ぎたものの見方だ。当地は「いつでも暑くて当たり前」なのだから。
(エアコンはまだまだぜいたく品なのだそうです、田舎では特に。)




 目的の村には日没1時間以上前に着いた。ここは年間通して日没時刻はほとんど変わらず、午後7時過ぎまで明るい。蛍鑑賞までにはまだ時間があるので、マラッカ海峡が見えるという展望台に寄ることにする。

 車を降りると、太陽は沈みかけているというのに、まださんさんと光を放っていてまぶしい。加えて暑い。アイスクリーム売りのおじさんがベルをりんりん鳴らして誘惑するが、お腹の安全のためにがまんする。

 お、サルだ。

 極端に尻尾が長い。きれいなダークグレーでなかなかスマートな熱帯のサルたち。人を怖がることもなく、何かもらえるのではと期待してちょろちょろついて来る。すまんね、なんも持ってないのだよ。

 今では立派な灯台が建っているが、ここはかつて、この地を治めたスルタンの砦。18世紀末にはオランダ人が地域占領の参考にするためここから一帯を観察したという。

 海峡に向かって飛び出しているのは大砲の筒。この大砲の土台になっている石段の上に、よっこらせっと登ってみると、

おお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、地球がまるい!

 眼下に広がるうっそうと茂る密林のじゅうたんが、陸と海の境目ぎりぎりまで伸びてそこから一挙に海だ。水平線がまぁるく210度ほども見渡せる。沈み行くが、なお強力な光を放つ太陽が、海面を銀7 : 金2 : 白1の混合色に光らせている。まぶし〜〜〜〜。

 まるででっかい凹面鏡の真ん中に自分がいるみたいだ。水平線から自分に向かう全てのラインが集まって出来る扇状の面がへっこんで見える。こんな風景、見たことない。



 今宵はさらにもう一か所、見たことのない風景を見に行けるのだ。日が暮れて、いよいよ蛍鑑賞スポットへと移動する。

 カンポン・ブキッ・ブリンビンというその村に行く途中、モスクのような形をしたPAS党(マレーシアのイスラム政党で野党)の建物の横を通る。去年アメリカがアフガン空爆を開始した週の金曜日(イスラムの安息日)にクアラルンプールの米国大使館前でデモを行った張本党だ。通過する際、なぜか少し緊張する。きりり。

 蛍観賞場所の決して広いとはいえない駐車場に、大型観光バスも3台ほど押し寄せてきた。設備といったら他には、トイレ、みやげ物屋、宿泊できるシャレー、中華海鮮レストラン「蛍火虫冷気海鮮なんちゃら」。わざわざ店の名に「冷気(=エアコン)」を冠しているのが、ここでの観光客サービスというものなんだな、と妙に納得。

 蛍に会うためには舟にのって行かねばならない。窓口でひとり10リンギ(約330円)払って、チケットとミネラルウォーターを1本受け取る。救命胴衣を着用し、桟橋を渡っていざ舟着き場へ。

 10人乗りの舟はバッテリー駆動で音も静かだ。月明かり以外に明るいものはほとんどなし。対岸に向かって滑り出した舟上の人々の間には、誰が言い出したわけでもないが、無言の約束が守られている。

 しーーーーーーーーーーーん。

 時折舟の動きで水が、ぽちゃり。

 そのうちに、

 きらり。
 ちかちか。

 見えてきた。

 おおお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、
 いっぱいいる〜〜〜〜〜!

 河岸に並んで茂っているブレンバンと呼ばれる種のマングローブの木々。その枝々に、零点何秒ごとに点滅するはかなげな小さな明かりたち。ここにも、そこにも、うわ、壮大な天然の電飾ツリーが!

 きらら、
 きらら。

 舟は静かに河岸に沿って移動する。
 木々全体が点滅を繰り返すさまが行けども行けども永遠に続いている。

 息を呑む静けさの中、ぼんやりとちっちゃい頃のことを思い出していた。どこの河原だったっけ? あの時見たのは、群れを成して空中を飛び交う蛍だった。

 今目の前にある光景は、それとは明らかに違う。木々の枝々に留まって、ひとつひとつの天然の明かりは点滅こそすれど、ほとんど動かない。静かなそのたたずまいが、なんだか神秘的な幽境の世界を醸し出している。舟上から手の届く距離ではないが、もし届いたとしても、決して触れてはならない無言の抑制力がある。こことそこを隔絶する見えないおごそかな力だ。

 暗がりでよくわからないが、川の水は濁っているようだ。あとで知ったことだが、ここの蛍は日本の蛍とは違う種で、ブレンバンの木の蜜を吸って生きているという。なるほど。

 たったの30分ほどだが、世の喧騒を忘れさせてくれる幻想的な静寂に浸った。

 2001年が、あと二日で終わろうとしていた。


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