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07 Qの精神

クアラルンプール マレーシア

2001.10.16





 18年前、初めてイギリスを訪れた時にとても感心したこと。公衆トイレでの人々のマナーのよさ。トイレのきれいさもさることながら、人々が、来た順番にただ一か所で一列に並び、幾つかある個室のどこかが空くごとに、先頭の人からそこに消えて行く。

 「先に来た人が、先に恩恵を受けられる」
実に公正、かつ理にかなったシステムである。

 この並び方、日本でも80年代終わりごろから銀行のATMや都市部のデパートのトイレなどで徐々に実施されてきて、かなり馴染み深くなった感はあるが、はたして何列かが並ぶスーパーのレジなどではどうだろう? まだまだ各レジの前にそれぞれ並ぶやり方が踏襲されているのではないだろうか。

 話がわかりやすいのでトイレの例に戻すと、もし、以前のように各個室の前にそれぞれ並んだとすると、個人の作業(?)の進捗状況によっては、後から来た人の方が先に個室に入れることもありうる。

 「後から来たのに、先に恩恵を受けられる」
以前は何の疑問も抱かなかったものだが、考えてみればおかしな話だ。

 トイレに限らず、スーパーのレジや劇場のチケット売り場など、イギリスでは人が集まる所で必ず、整然と一列に並んでいる光景が見られ、割り込みなどしようものなら周囲から厳しく咎められる。

 queue (キュー)と言われるこの一列並び行動は「フェア(公正)」であることを重要視する英国人らしい産物だ。彼らは、社会生活の中でアンフェアなことには断固として抗議するし、自分の行為をアンフェアだと言われるとこの上なく屈辱に思う。だからいつもフェアであろうと努力する。

 異文化に接して、決してまねしたくないようなこともあれば、「キュー」のように積極的に取り入れたいものもある。



 ここ、マレーシアは、かつての宗主国イギリスの影響が色んな形で残っている。最近では米語の単語の拝借も見られるが、イギリス英語の影響の方が強い。

 エレベーターは elevator ではなく、 lift と言う。
 センターは center ではなく、 centre とつづる。

 イギリス独特の queue (キュー)も然り。タクシー乗り場やスーパーのレジに、

 "Queue from here." または簡略化して
 "Q, please." などと掲示してある。

 よって、レジで支払いをしようとする人々が、いともお行儀よく一列に「並ぶ」のを期待してしまうがこれが大間違い。だいたい、「どこから」「どっちの方向に」並んでいる(つもりな)のかもわからないダンゴ状態。「この辺が最後の人かしら?」と目処をつけてすぐ後ろについても、いつまでたっても自分の番は来ないものと思え。さっきまでいなかった人たちがちゃっかり先に清算していたりする。

 無秩序きわまりなし。
 誰も咎めない。
 店員も。
 客も。

 ガイコクジンの私がひとりがんばって抗議したところで「うっせえやつ〜」くらいにしか思われないみたいだ。悪気さえないようなのだから余計始末が悪い。怒るだけアホらしい。

 「キュー」という単語だけは借用したが、その意味を行動に移すことは定着していないのだな。ましてや、その根底に流れる精神までをも期待してはいけないらしい。

 異国のマインド部分まで理解し取り入れるのは難しい。よその国の風土からにじみ出てきた行動様式を、たとえよかれと思って真似しようとしても芯からは定着しにくい。多民族社会で生き抜くためには、多少図々しいくらいに自分を前に押し出して行かなければならなかったのかも知れないな。言葉の裏に意識が及ぶところまで、行っているはずがない。いずれにしろ、無理からぬことだ。

 それならば。

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ここでは人々の悪気のなさに免じて(これはホントらしい)
ちょっとくらいの割り込みは(ひどいのもあるかもしれんが)
大目に見ることにしよう。(心の中で Q, please.)

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 電車に乗っていて駅についてドアが開く。ドアのまん前に立っている私が降りたいのに降りられない。ホームにいる軍団が無秩序に「横並び」、否、「横ダンゴ」になった状態で、われ先に乗り込もうとなだれこんでくるからだ。

 ぎゅ〜〜〜〜〜〜。


☆こちらもご参考に。 みじかいコラム 05 怕輪(キアスー)


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